名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)3302号 判決
原告
石井敏和(X1)
同
石井露子(X2)
右原告両名訴訟代理人弁護士
仲松正人
同
森山文昭
同
渥美雅康
同
松本篤周
同
加藤美代
被告
国(Y1)
右代表者法務大臣
後藤田正晴
右指定代理人
森本翅充
同
大圖玲子
同
梅村恒男
同
荒川登美雄
被告
岐阜県(Y2)
右代表者県知事
梶原拓
右訴訟代理人弁護士
南谷幸久
同
南谷信子
事実及び理由
第三 争点に対する判断
(以下、成立に争いのない書証、原本の存在及び成立に争いのない書証並びに弁論の全趣旨により成立の認められる書証については、いずれもその旨の記載を省略する。)
一 本件事故当時の事故現場及びその付近の状況(別紙図面1)〔証拠略〕によれば、以下の事実を認めることができる。
1 本件事故現場は、岐阜県内の国道一五六号線上であり、右国道は御母衣湖の西岸に沿って南北に通じている。本件事故現場付近の交通量は夜間(午後一〇時前後)においては一時間当たり三〇台くらいで、自動車同士が対向してすれちがうことは比較的少ない。
本件事故現場の前後はカーブが連続しており、特に御母衣湖岸においては直線の区間はなきに等しいが、本件事故の前に本件事故現場及びその付近の道路や標識に関する利用者からの苦情はなかった。
本件事故の当日とされる昭和六三年六月二五日の夜の本件事故現場の天候は晴れであった。
2 本件橋から高岡市寄りの国道一五六号線は車道幅員六・五メートル、片側一車線で歩車道の区別はなく、路肩がカーブ内側にも一・一メートル幅で設置され、アスファルトで舗装され、センターラインは明瞭に印されており、御母衣湖側の外側線も所々で薄くはなっているもののその存在は夜間であっても自動車の前照灯を点灯すれば肉眼で確認できるものであって、右センターライン及び外側線の形状から道路が左カーブとなっていることを確認することができる。路面に凹凸も縦断こう配もなく、カーブの部分には安全な通行のための横断こう配(六パーセントの片こう配)が付けられ、時速五〇キロメートルの速度制限及び追越しのための道路右側部分はみ出し禁止の規制がなされていた。
高岡市方面から岐阜市方面に向かって、スノーシェッドが本件橋の北端から一三三メートルの距離のところまで設置されていて、スノーシェッドの出口手前七七メートルの地点に「つづら折りあり」の警戒標識が設置されている。
3 このスノーシェッドを岐阜市側に抜けると、右側が高さ四メートルのコンクリート製防護壁(この防護壁は、後記の御母衣第二発電所の入口手前まで存在する。)、左側が御母衣湖となり、左方向の曲線半径三〇メートルのカーブに進入することとなる。スノーシェッドを出てからの岐阜市方面への前方の見通しは良好である。本件橋の手前には右湖側に前記路肩のほか、本件橋直前に最大幅約八・五メートルの民有地(空き地)があり、本件橋の湖側の北端にはデリニェーターが一本設置されていたが、右民有地上に「この先急カーブ スピード落とせ」と記載された看板は当時は設置されてはいなかった(右看板は本件事故直後に白川村交通安全協会が設置した。)。
また、本件橋手前の西側には御母衣第二発電所が位置しており、その入口付近には三基の水銀灯があるが、その明るさは、夜間、右発電所の門のあたりで紙上の鉛筆の字がかすかに読める程度であり、高岡市方面からカーブに進入してくる自動車の運転者の視界の助けにも妨げにもならない。
4 このカーブの中間地点付近の約六・七二メートル下方には放水路が設けられていて(この放水路は東西に通っているが、その両端には、道路面よりも約五メートル低い側壁がある。)、本件橋はこの上に架設されている。その左側、即ち、御母衣湖側には高さ約二三センチメートルの縁石が存在し、本件橋の南端から約一五・五メートル岐阜市寄りの位置からガードレールが設置されている。また、本件橋上の右側にはガードレールが設置されているが、本件事故当時、このガードレールに続いてその両側にも各一つのガードレールが設置されており、そのうち本件橋の北端から始まる北側のガードレールは、道路にそって設置されず、御母衣第二発電所の入口に向けて、やや東西方向に設置されている。
本件橋を岐阜市方面へ向けて渡ると、左側は御母衣湖であり、右側は山の斜面となっている。
5 国道一五六号線には、本件橋から高岡市方面に二・四キロメートル(岐阜県道路台帳路線番号〔一五六―七八〕)、岐阜市方面に二・五キロメートル(同〔一五六―六二〕)の各地点に本件事故現場のようなカーブが存在するが、いずれもカーブの内側にガードレールが設置されている。
しかし、右二地点は、いずれも縦断こう配があり、前方の見通しもやや悪く、本件事故現場とは道路状況を少し異にしている。
二 事故態様
1 事故車両の損傷状況等及び充の死因
(一) 事故の発生(争いがない)
(1) 日時 昭和六三年六月二五日午後一〇時一〇分ころ(推定)
(2) 場所 岐阜県大野郡白川村大字福島字ノマクラ一四番の一先国道一五六号線上
(なお、被告岐阜県は、充が高岡市を出発した時刻から本件事故発生時までの時間から充の平均走行時速を算出することができるとの前提に立って、原告らが当初は六月二五日の午後九時ころ充から電話があったと訴状で主張した後、「午後八時ないし九時ころ」充から電話があったとの平成四年九月二一日付け準備書面で充から電話のあった時刻を訂正したことをもって自白の撤回であり異議を述べるとしている。しかし、本件事故発生時までの充の平均走行時速は事故時の速度を推認するための間接事実にすぎないから自白の拘束力は発生せず、したがって、その撤回の問題も存在しないもので、被告岐阜県の右異議は訴訟手続上意味がなく、これに対する判断をしない。)
(二) 事故車両の損傷状況等(別紙図面2)
〔証拠略〕によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 事故車両は、昭和六三年七月一日、前示一4認定の放水路の東端の先の斜面に前部を道路側にして仰向けの状態に引っ繰り返って発見された(別紙図面2の<3>地点)。右放水路北側の側壁の上にはガラス片とカセットテープが(同<1>地点)、放水路の中にはガラス片が(同<2>地点)が存在していた。車体から脱落したとみられる事故車両のフロントのラジエターグリルは、事故直後の実況見分では発見されなかったが、事故から二年後の平成二年六月、右放水路の北側で発見された。
(2) 事故車両のエンジンキーは「ON」の状態で、ギヤーはニュートラルの位置になっており、サイドブレーキはかけない状態で、車載の時計は「一〇時九分」ころで止まっていた。
(3) 事故車両は、その右側部分の損傷がひどく、右フロントドアーは開扉することができないほど変形しており、ルーフ部分には、右前方から左後方に向かってけさ懸け状の痕があり、ウインドウガラスは全て砕けて車体には残っていなかった。充は、シートベルトを着用したまま運転席で死亡していた。
(三) 充の死因
甲二、甲三〇によれば、充の死因は、頸椎骨折及び頭頂部やや後方の頭蓋骨の陥没骨折であり、肉眼でも頭蓋骨の変形を確認することができた。
2 事故車両の走行態様
(一) 〔証拠略〕によれば、本件事故の前に本件事故現場付近から御母衣湖側へ転落した事故は、昭和六三年六月一六日に高橋幸治が転落した一件のみであり、その事故態様は、既に明るくなっていた同日午前五時三〇分ころ、高岡市方面から本件橋を渡り切ったあたりから横向きに御母衣湖側へ転落したというものであることが認められる。
(ただし、走行速度については、証人高橋は時速四〇キロメートルから五〇キロメートルくらいで走行し、ブレーキをかけた旨証言しているが、事故が交通量の少ない午前五時三〇分ころに発生していること、証人高橋自身もスピードメーターを見たわけではなく、大体の感じを証言しているにすぎないことからすれば、走行速度は時速五〇キロメートルを超えていた蓋然性がないとは言えない。)
(二) 自動車工学的見地からの分析
原告らは、充が何らかの原因で事故車両を左に急転把し、時速一一キロメートルないし一三キロメートルの低速度で道路から飛び出したこと、したがって本件カーブの御母衣湖側にガードレールが設置してあれば事故は防止できた旨主張し、〔証拠略〕には、右主張にそう部分がある。
しかし、第一に、自由落下の加速度だけで充の頭蓋骨が陥没骨折するかどうかについての証明がなく、第二に、事故後二年経過して発見されたフロントのラジエターグリルやガラス片につき、後母衣湖の湖岸付近での流水等によりその位置が動く可能性がないとはいえないにもかかわらず、何ら合理的な根拠を示すことなく、これらが事故当時の落下位置から動くことはないとの前提に立って推論しており、第三に、丙五、丙七によれば、甲二四の想定するA、B、Cの各地点からの前記飛び出し速度の転落では本件事故車両が自由落下することはなく、事故車両のルーフ部分が放水路の北側側壁に衝突しなくなると指摘されているにもかかわらず(この点を合理的に説明することができなければ甲二四の判断は矛盾してしまう。)、〔証拠略〕ではいずれも有効な再反論をするにいたっておらず、第四に、〔証拠略〕によれば、事故車両の前輪はまっすぐ前を向いており、これは、丙五によれば、事故直前の急転把のなかった事実を推認させるものであるにもかかわらず、やはり〔証拠略〕ではいずれも有効な反論をするにいたっていない。
(三) 右(一)、(二)で検討した結果から考えると、原告らの主張する事故態様(抵速飛び出し)を本件事故の態様と認定することは到底不可能であり、外に事故態様についての証拠を見出すことのできない本件においては、事故態様は不明であるという外はない。
なお、原告らは、充の事故の原因の一つとして、対向車両がセンターラインをはみ出してきたので左に急転把した旨主張し、甲三一の写真には岐阜方面から走行してきたトラックがセンターラインを超えたものがある。
しかし前記認定のとおり、本件事故現場の夜間における交通量は極めて少なく自動車同士がすれちがうことがそもそも稀である以上、右写真のみから充の事故原因として、対向車両が存在し、それがセンターラインをはみ出して本件事故を誘発したものと直ちに推認することはできないから、右主張は採用することができない。
三 当裁判所の判断
1 国家賠償法二条一項に定められた「公の営造物の設置又は管理の瑕疵」とは、営造物を通常の用法に即して利用することを前提として、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることであり、通常予想されないような異常な利用の結果生じた事故についてまでは営造物について設置。管理の瑕疵を認めることはできない。
2 本件について検討すると、前示一認定のとおり、本件事故現場は、岐阜県内の国道一五六号線上であり、本件事故現場付近の交通量は夜間(午後一〇時前後)においては一時間当たり三〇台くらいで、自動車同士が対向してすれちがうことはほとんどなく、車道幅員六・五メートル、路肩がカーブ内側についても一・一メートル幅ありアスファルト舗装され、センターラインは明瞭に印されており、御母衣湖側の外側線も所々で薄くはなっているもののその存在は肉眼で確認できるものであって、右センターライン及び外側線の形状から道路が左カーブとなっていることを認識することができ、路面に凹凸も縦断こう配もなく、カーブの部分には安全な通行のための横断こう配が付けられ、スノーシェッドの中には「つづら折りあり」の警戒標識が、本件橋の湖側の北端路側にはデリニューターが一本設置され、これにより道路左端の位置が判明し、制限時速は五〇キロメートルとなっていたというものである。そして、前示二2によれば、本件事故の前に本件事故現場付近から御母衣湖側へ転落した事故は高橋幸治の事故の一件のみであり、しかもその事故態様は、既に明るくなっていた早朝に高岡市方面から本件橋を渡り切ったあたりでかなりのスピードを出していたために横向きに湖側へ転落した事故であって、本件とは転落の態様が明らかに異なっている。
これらの事実に照らすと、夜間において高岡市方面から本件事故現場に進入してくる自動車の運転者は、通常の運転者に要求される注意を払っていれば、「つづら折りあり」の標識、本件橋の北端のデリニューター、センターライン、外側線によって、道路が左カーブとなっていること等を認識し、減速等の措置を講じることができるのは明らかというべきであるから、充の運転は、高速運転、居眠り運転等の有無等その態様の詳細は不明ではあるが、「通常の用法に即した利用」であったものと推認することはできず、更に付言すれば、走行態様(低速飛び出し)を認定することのできない本件においては、本件橋の御母衣湖側のガードレール不設置と本件事故との間に直ちに因果関係を認めることはできない。
3 右1、2から、本件事故現場及びその付近の国道一五六号線についてこれが通常有すべき安全性を欠いていると評価することはできず、したがって、その設置・管理の瑕疵を認めることはできないから、請求原因には理由がないといわざるを得ない。
4 (原告らの主張に対する判断)
(一) なお、原告らは、本件事故現場の瑕疵を証明する事情として、本件事故後の本件事故現場付近の改修や道路標識等の増設等をあげ、なるほど〔証拠略〕によると、本件事故後、本件事故現場付近の御母衣湖側にはデリニューターが増設されたこと、御母衣第二発電所に通じているガードレールに夜光塗料が塗布され西方向への進路を示す矢印が設置されたこと、高岡市方面からのカーブの入口手前に減速マークが印されたこと、スノーシェッドも逐次延長され、平成四年現在、右延長に伴いカーブ自体を緩やかにしていること、延長されたスノーシェッドの中に「この先急カーブ スピード落とせ」と記載された看板が、スノーシェッドを出たところに「左方屈曲あり」という趣旨の警戒標識が設置されたこと及び本件橋の御母衣湖側にガードレールが設置されつつあることが認められるが、証人田中勝、同南久典によれば、これらはいずれも本件事故現場及びその付近の安全性をより一層向上させるための措置と認めることができ、右の事実からは本件事故当時の本件事故現場の瑕疵を推認することはできない。
(二) 原告らは、本件橋付近の国道一五六号線は御母衣湖側への急カーブがあり、建設省道路局長通達「防護柵の設置基準の改訂について」(防護柵設置要綱(甲二一1以下「要綱」という。)は右通達の解説書的文書)に従えば、御母衣湖側にもガードレールを設置すべきであったにもかかわらず、同湖側にはガードレール等の転落防止装置が設置されていないことをもって本件事故現場の中心的な瑕疵である旨主張する。
たしかに、要綱2―2に係る基準に照らすと、本件事故現場の御母衣湖側にはガードレールを設置すべきものといえる。しかしながら前記認定の事実及び証人南久典によると、本件事故現場及びその付近は御母衣湖側に比較的広い空き地があること、見通しのよいカーブであること、内カーブヘの転落はあまり考えられないこと、縦断こう配がないこと等が認められるところ、要綱及び前記通達は単に道路が通常備えるべき安全性の条件を満たしていればよいという見地からガードレール等の設置の基準を定めたものではなく、より高度の安全性をも目ざした基準を定めているものと解するのが相当であるから、仮に右基準に反しているからといって、直ちに本件事故現場及びその付近の設置・管理に国家賠償法二条一項所定の瑕疵があるものということはできない。
また、原告らは、ガードレール不設置の瑕疵の事情として、本件事故現場の御母衣湖側にガードレールが設置されないのは、冬の雪落としの妨げになるからである旨主張し、証人高橋幸治の証言及び原告石井敏和本人の供述中にはこれにそう部分がある。
しかし、〔証拠略〕によれば、昭和五三年ころからの除雪は雪を除雪ドーザーで道路の両側に寄せてロータリー車で道路の外へ吹き飛ばす方法で行っているのであるから、ガードレールは右除雪の障害とはならず、ガードレール不設置は除雪作業と無関係である。
四 結論
以上のとおりであるとすると、原告らの本訴請求は、その余の事実につき判断するまでもなく、いずれも結局その理由がないことになるので、これの棄却は免れ得ず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大橋英夫 裁判官 北澤章功 野村朗)